読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「MessageLeaf (メッセージリーフ)」の立上げ日誌~ウェブサイトにあなたと私の関係を~

「MessageLeaf (メッセージリーフ)」の開発から事業立ち上げに至る日々を綴ります。 Twitterアカウント:@acesuzuki

「なめらかな社会」での働き方

「なめらかな社会」。

佐々木俊尚さんがメルマガ「佐々木俊尚の未来地図レポート」で2週にわたって紹介されていた、鈴木健さんの新著『なめらかな社会とその敵』の表題にあるコンセプトです。 

 

以下、佐々木さんが紹介している、鈴木健さんのフレーズの一部です。

 

「なめらかな社会では、社会の境界がはっきりとせず、だんだんと曖昧になっていく。ある人が日本人であると同時にフランス人であったり、ある土地が日本の土地であるのと同時にロシアの国土でもあったりする」

 

「近代国家は、土地や国民、法律などさまざまな境界を、国家のもとに一元化させてきた。なめらかな社会では、それらがばらばらに組み合わさった中間的な状況が許容されるようになる。中間的な状態が豊かに広がる社会では、お互いに完全に一致するアイデンティティを捜し出すことはほぼ不可能で、万人がマイノリティであるような社会をつくりだす。いままでの例外状態がほぼ例外ではなくなり、フラットやステップのような両極端な状態のほうが例外になる」

 

「会社という存在もまた考え直す必要がある。もし、ひとりの人が同時に2つ以上の職業につくことができれば、それは会社への依存関係をなくし、他の生き方や想像力を活性化させるにちがいない」

 

かちっとした「所属」型社会から個人が流動化していくというこのコンセプト、非常にしっくりきました。

f:id:healthsolutions:20130306004452j:plain

 

<カイシャに依存しない働き方>

今、モノやサービスの世界では個別の「所有」から「共有(シェア)」へという大きな流れが続いています。カーシェアリング、シェアハウス、コワーキングスペースDropboxAWSAmazon Web Service)。。。 例を挙げればきりがありません。

共有(シェア)が起きるのには2つの条件があります。1つは、対象物がクルマや家やオフィスやサーバーなど、物理的・経済的に「大きな」もので、単独で持つにはリスクが大きかったり単位が大きすぎたりすること。もう1つは、共有(シェア)する対象物を見つけたり仲間を見つけたりするコストが低いこと、です。この点に関してはウェブ上の様々なサービスの発達でハードルが大きく下がっています。

ヒトについても、単体でかなり大きな資源であること(年収500万円の人を1人雇うとすると、雇う側からすると年間1000万円程度の投資です)、共有の為に必要な情報の入手コストはそう高くないと想定されることから、今後やはりシェアしていく形が進んでいくと思います。つまり、ひとりの人が同時に2つ以上の職業につく、という鈴木さんのコンセプトが具現化されていくのではないでしょうか。

 

働く側からすると、所属する組織も複数になるわけですが、では「会社への依存関係をなくし、他の生き方や想像力を活性化させる」というメリットは具体的にどのようなものになるでしょうか。

まずは収入のリスク管理です。自分のおまんまの出所が1か所しかないというのは、所得ポートフォリオ的には実は大きな「リスク」です。ある日突然その会社がつぶれてしまったらどうなるか。そうなっても大丈夫なようにするには、「すぐにでも他社で通用する力」がないといけないのですが、1か所でしか働いたことのない人だと異なる環境下で力を発揮できるかは未知数です。その点、複数の職場で働いて実績を残していればこの点に関してすでにクリアですし、そもそも1社潰れてももう1社からの収入は続くので「次の職場」探しもあせらずにやれます。これが依存関係がなくなるということ。

また、自らの能力形成にもプラスになる。例えば、食品会社と小売業の会社の2つに属しながらそれぞれのマーケティングを担当していれば、2つの仕事の間で応用し合えるコンセプトが出てくる(いわゆるシナジー効果が出る)でしょうし、そうした経験を積むことで他の業界のマーケティングでも良い仕事ができるようになる可能性が出てきます。以前書いたエントリー、真のノマドとして生き続けるための「3つの方向性」と「1つの鍵」で示した「セルフ・ピボット」がやりやすくなるというわけです。

 

 

<愛着は持っても執着を持たない、“ちょうどいい”関係に>

カイシャに依存しない働き方が実現する世の中になると、「属性」ではなく「何ができるか(どんな付加価値が出せるか)」にフォーカスが移らざるをえません。そうするとますます個人が組織からより自立した存在になっていく、という循環が働くようになっていく。

 

個人が組織から自立して複数社と契約関係にあるのが普通というような状態になってしまうと、「愛社精神」に代表される「所属愛」に価値を見出さない、ドライな世界になるように思われる方もいるかもしれません。でも、対象が複数であろうと好きで納得して所属しているわけですから、所属している会社やそこにいる同僚・先輩・部下への“愛情”は、むしろしっかり持てるし、たとえ会社を離れることになっても感謝の気持ちをずっと持ち続けられるでしょう。

また、一社だけにずっと勤め続ける人がたくさん残っても良いと思います。本人がその選択に心から納得さえしていれば、何の問題もありません。「一社だけに所属しない」というよりは、「所属に縛られない」ことが大事なのです。

愛着は持っても執着は持たず。そんな“ちょうどいい関係”が組織と個人の間に形成された時、働くことの真の楽しさや幸せを感じられるようになることでしょう。